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2009年2月

2009/02/22

入院4日目(骨髄採取当日)(1)

  ついに採取当日。

 目覚ましとしてセットした携帯電話のアラームが鳴る前に目が覚めました。

 目を開いて横たわったまま、まず確認したことは、

     風邪気味ではないか。腰は痛くないか。

腰の痛みは若干あるものの、風邪症状はありません。

    「やっと、この日が来たか・・・。長かった。」

というのが素直な感想でした。

 とりあえず、「時間のあるうちに落ち着いて排便を。」と思い、洗面の後にトイレに入ったところ、病室の扉が開く音。

    「○○さん。」

と女性に名前を呼ばれましたが、私が答える前に

    「あ、トイレですね。」

と、小声が聞こえ、扉が閉められました。

 それから1分後、また扉が開きました。今後は男性の声で

    「あ、トイレですね。」

と小声が聞こえ、扉が閉められました。

    「ちょっとぉ・・・、落ち着かないじゃんか~。採取の後に行きたくなったら困るだろ~~。」

と、心の中でぶつぶつ言いながら、とりあえずトイレでの用事は済ませました(^_^;)。

 前夜から絶飲食ですから、ちょっと喉が渇き気味。テレビをつけて朝のニュースを見ておりましたら、看護師さんがやってきて検温。

 体温、血圧とも異常なし。採取へGO!

 朝食は当然ありませんので、そのままテレビを見ていたら、看護師さんがやってきて、採血をしました。

 更に、

   「紙パンツに履き替えて、術衣を着てください。それから、ストッキングも履いてくださいね。」

と言って、ひと揃いを置いていきましたので、すぐに着替えました。

 自分で携帯電話のカメラで写真を撮りましたので、その姿を・・・・。

 まず、術衣です。2008_074400

 スーパー銭湯で貸してくれる浴衣みたいなもんです。

  この時、既に紙パンツを履いています。ちなみにブリーフ型(写真は撮ってません)。

 

次に、ストッキング。2008_074500

 ストッキングは膝下からありますが、指先まですっぽり包むのではなく、足の指の付け根の部分は開いています。

 着替えると、いよいよ慌ただしくなって来ました。

 看護師さんが入れ替わり立ち替わり出入りして、心電計や点滴のスタンド等を運び入れてきました。

 そして、左手の甲(小指と薬指の間)に、太い点滴用の針を刺しました。これは術後の点滴等のためのもので、手術室から帰ってくるまでは使わないそうです。太い針で、少し痛かった・・・・。

 

 そして、この頃に、嫁さんが到着。コーディネーターさんもやって来ました。既に私はベッドに横になって待機。

 私が落ち着いている様子を確認すると、コーディネーターさんは嫁さんに声をかけ、落ち着かせようとしてくれていました。この日までの間、本当にコーディネーターさんの心遣いは素晴らしかったです。

 ついに、ほぼ予定通りの時間に、病室に普段廊下に置かれていたストレッチャーが運び込まれて来ました。

 看護師さんに

   「それじゃ、行きましょうか。ストレッチャーに寝てください。」

と促され、ベッドから起きてストレッチャーに乗りました。ストレッチャーは私の身長に対してはやや小さめ。毛布をかけられ、すぐに病室の外へ動き出しました。

 廊下を移動し、ナースステーション前を通過。ナースステーションに居た看護師さんの視線やすれ違う患者さんの視線を感じながら、エレベーターへ。

 エレベーターには私が寝ているストレッチャーと私を運ぶ看護師2人、病棟のドクターに加えて嫁さんとコーディネーターが乗り込みました。

 嫁さんの顔はかなり緊張している様子。

 手術室のあるフロアでエレベーターを降りると、手術部の入り口でストレッチャーをいったん止めました。

 看護師さんが、

   「ここでご家族には待ってもらいますから。」

と言いました。

 嫁さんに目をやると、かなり顔がこわばっている感じ。コーディネーターさんも緊張気味です。

   「じゃ、行ってくる。」

と言い、二人に手を振ると嫁さんは泣き出しそうな顔に。

 手術部の中は、意外と人が多く居て、いくつもの手術予定が並行して進んでいる様子でした。

 私を引き継いだ手術部の看護師さんが、ストレッチャーを押しながら

    「駅みたいに騒がしいですけどね、いつもこんな感じなんですよ。」

と、話しかけてくれました。

 手術室への入り口は意外と小さな扉で、また、手術室自体も12畳くらいの、予想より小さな部屋でした。「白い巨塔」とかのイメージ先行で、勝手に10メートル四方くらいの部屋を想像しておりました(^_^;)。

 手術室で迎えてくれたのは麻酔科のドクターをはじめ、4、5人の方々。

 ストレッチャーに寝たまま、名前と生年月日を確認して、まず、血圧測定用のベルトと心電計の端子を装着して、左手の肘内側に点滴用の針を刺しました。

 次に酸素吸入用のマスクを装着した後、 麻酔科のドクターが

   「それじゃあ、○○さん、これから麻酔をかけますからね。薬を入れたらボーッとしてきますから。」

と言いました。

   「ついに、始まるのか・・・。」

と思いながら私が頷くと、麻酔科のドクターが助手に

   「アトロピンを15cc。」 (注:薬の名前と量、ともに確信ありません。)

と指示すると、私の足下に居た助手が左手肘内側に刺した針につながるチューブに薬剤を注射器で注入しました。

 すぐに「目の後ろが細かく震えるような感覚」が始まりました。

   「お、来た来た・・・。うわ、気持ちわるー。目が震えてるぞ・・・。」

それが少しずつ大きくなり、「目が回るというより、眼球を揺さぶられるような感覚」になりました。

   「あー、すげー。なんだ~こりゃ~・・・・・。」

 その後は記憶がありません。

 たぶん、薬剤を注入してから記憶がなくなるまでは30秒程度の時間だったと思います(あくまでも感覚ですので正確性は保証できません。)。

 次に記憶があるのは、

    「○○さーん、はい、起きてください。」

という声で、文字通り目覚めたこと。

 目覚めはすっきりしていて、気分も悪くなく、気道挿管されていたことがわかるような喉の違和感すらありませんでした。

 強いて言えば、尿道カテーテルを入れられている違和感くらいでしょうか(これは初体験で、何とも言えない感触でした。)

 意外にも採取を受けた部分については何も痛みを感じませんでした。

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2009/02/01

入院3日目(骨髄採取前日)

 昼間は運動もあまりしてないし、仕事もしてないので緊張感もなく、はっきり言えば疲れてもいない訳で・・・。

 夜は消灯からはしばらく寝付けず、夜中の巡回にやってくる看護師さんが病室の扉を開ける音が聞こえると腕を目の上に置いて寝ているふり。

 更に寝返りが窮屈で目が覚めたり。

 もちろん、採取に向けての緊張もあったと思います。

 しかし、この相性の悪いベッドのおかげで、腰の痛みが少し強くなってしまいました。

 まずい・・・・。

 ぎっくり腰とか、腰の打撲や捻挫という感じでは全くないのですが、何せベッドに寝ることが苦痛になってきてしまいました。本当、参った・・・。

 とにかく、いよいよ明日は採取。今日一日体調を崩さないようにしないと。

 午前中に「チームバチスタの栄光」の下巻に入り、昼食後に下巻を読み終えた。

 午後4時ころからは少し慌ただしくなって、看護師さんや病棟のドクター、採取担当ドクター、麻酔医がそれぞれ体調の確認や明日のスケジュールの説明、体調の確認にやってきました。

 採取の準備としては、今日(採取前日)の午後9時から絶飲食。

 採取当日のスケジュールとしては、午前8時20分に手術室に入り、午後11時30分ころには病室に戻ってくる予定。

 術後に水が飲めるのは経過しだいだけど、たぶん尿道のカテーテルを外してからなので、早ければ午後3時ころ。食事は夕食からとのこと。

 夕食後、椅子に座ってテレビを見ていたところに看護師さんがまたやってきました。

   「採寸しますから、ちょっとベッドに上がってください。」

と、言われるがままにベッドに横になりましたが、採寸とは、何の採寸!?

 看護師さんが測ったのは、膝下、ふくらはぎ、足首の部分の足回りや、かかとから膝下までの長さ。

  「明日は、手術室に入る前に服を全部脱いで、紙のパンツをはいて、術衣を着てもらって、足にはストッキングを履いてもらいますから。」

という説明でした。

 ううむ、ストッキング以外は何となく想像はできるんですが、どういう格好になってしまうんだろうか・・・・。

 看護師さんは最後に、「手術室に入る前に、この部屋で点滴用の針を刺したり、少し準備がありますから。」と説明をしてくれました。

 この他にも色々な説明をきちんとしてくれましたが、私は「明日は何時に起きればいいのか。」を聞き忘れてしまいました。

  「まあ、準備って言っても1時間はかからないだろうから、いつも通り6時30分でいいか。」

と特に確認することもしませんでした。ちゃんと起こしてくれるでしょうから。

 腰の痛みはあるものの、鈍痛で、押すと痛い訳でもないので、看護師さんに伝えることもなく、そのまま過ごしていました。

 まさか、全身麻酔の中、採取でグリグリと針を刺される痛み+腰の痛みで麻酔が覚めてしまうようなことはないでしょうから・・・・。

 消灯後、ベッドで

   「お互い、あと1日。がんばりましょう。」

と、在住地区と世代と性別だけしか知らない患者さんに向けて語りかけました。

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